三野浄水場
半田山配水地
京橋水管橋
児島湾開墾第一区第一号・第二号干拓堤防
児島湾開墾第二区丙川(ひのえがわ)三連樋門・桜の馬場樋門
児島湾開墾第一区片崎樋門・常川樋門・宮川樋門・奉還樋門
中川新田庄内水門、沖新田八蟠水門
JR津山線福渡トンネル
JR宇野線田井拱橋(こうきょう)
JR山陽本線船坂(ふなさか)トンネル
JR山陽本線備前市三石(みついし)付近のアーチ橋群
JR山陽本線熊山駅跨線橋(こせんきょう)
井風呂谷(いぶろだに)川砂防堰提(えんてい)群
菅原(すがわら)神社眼鏡(めがね)橋
鴨方(かもがた)の石桁(けた)橋群
勝山(かつやま)の船着場跡
智頭(ちづ)往来志戸坂(しとさか)峠の石崖(いしがけ)
稲穂(いなほ)のまんぷ
室町時代に始まったとされる高瀬舟による旭川の船運において、勝山は最上流の船着場としてにぎわっていました。江戸時代までの船着場が城下から少し下流の「浜」にあって不便であったため、明治になって航路を改良し、問屋の蔵がある「町裏」まで遡上させたのが、現存する船着場です。
船着場は、約700mにわたって続く玉石(たまいし)積みの護岸と、現在3カ所で確認できる水制からなり、蔵へ連なる階段がそこここに造られています。こうした景観は、全国的にも稀な土木遺産に、大きな付加価値を与えています。
大正14(1925)年、勝山から岡山までが鉄道で結ばれたことによって旭川の船運は衰退し、昭和9(1934)年の室戸(むろと)台風で航路が荒廃したため、廃止されました。 出典:「あなたの街の近代化遺産ガイドブック」岡山県教育委員会